Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
気がつけば、そこは見慣れない白い天井だった。いや、天井というよりは、巨大な繭の中にいるような、そんな感覚に近い。
僕、ショウは、ぼんやりとした意識の中でそう呟いた。最後に覚えているのは、激しい後悔と、耐え難い痛みだけだった。そうだ…僕は死んだんだ。
ゆっくりと体を起こすと、そこは見覚えのない、簡素だが清潔な部屋だった。窓の外には、見たこともないような、柔らかな光が降り注いでいる。
戸惑いながらも部屋を出ると、そこは広大な廊下だった。廊下には、同じように戸惑った表情の人々が、まばらに歩いている。
皆、どこか虚ろな目をしている。まるで、魂が抜け落ちてしまったかのように。
受付らしき場所を見つけ、僕は声をかけた。「すみません…ここは一体…」
受付の女性は、穏やかな笑みを浮かべて答えた。「ここは、死後の世界にある療養所よ。あなたは、少しばかり心が疲れてしまったみたいね。」
まさか、転生することもなく、こんな場所に辿り着くなんて思ってもみなかった。 療養所…心を癒す場所か。僕のような人間には、きっと無縁だろう。
こうして、僕は死後の世界で生きる…いや、生きていた時の延長のような日々を送ることになった。
他の人々と交流する気にもなれず、部屋に引きこもる毎日。生きている時と何も変わらない。孤独な時間は、永遠に続くかのように感じられた。
ここは生きている時と何も変わらない。むしろ、死ぬことすら許されない分、より絶望的かもしれない。
8年間、僕は自分の殻に閉じこもっていた。 自分を受け入れることなど、考えたこともなかった。
ある日、部屋のドアをノックする音が聞こえた。「…どちら様ですか?」
ドアの向こうから、優しい女性の声が聞こえた。「私よ。成香。少しお話しませんか?」
成香…。僕は、その名前に聞き覚えがなかった。しかし、その声には、どこか温かさのようなものが感じられた。
「少しだけでいいの。あなた、ずっと一人で辛そうだったから。」
僕は、しばらく考えた後、小さく答えた。「…どうぞ。」
ドアを開けると、そこに立っていたのは、上品な雰囲気の女性だった。彼女の瞳は、深い優しさに満ち溢れていた。
成香は、僕の部屋に入ると、静かに椅子に腰掛けた。「あなたのこと、少しだけ教えてくれる?」
僕は、彼女の真っ直ぐな視線に、なぜか抵抗することができなかった。ぽつりぽつりと、自分の過去を語り始めた。
自分の不幸な生い立ち、満たされない日々、そして、最後の選択…。
成香は、黙って僕の話に耳を傾けてくれた。そして、僕が話し終わると、静かに言った。「あなたは、自分を許すことを恐れているのね。」
「あなたには、まだたくさんの可能性があるわ。過去に囚われず、未来を見てごらんなさい。」
僕は、成香の言葉に、強く心を揺さぶられた。 死んでから初めて、誰かに救われたような気がした。
それから、僕は少しずつ、療養所の中を散歩するようになった。成香と一緒に、美しい景色を眺めたり、他の人々と交流したり。
彼女との出会いが、僕の心を少しずつ解きほぐしていった。
ある日、成香は僕に言った。「そろそろ、死因を思い出してみませんか?」
僕は、その言葉に、顔を青ざめさせた。「…そんなの、無理だよ。」
成香の励ましを受け、僕は、記憶の奥底にしまい込んでいた、死因と向き合う決意をした。
それは、凄惨な記憶だった。生活苦にあえぐ日々、未来への絶望、そして…息子への申し訳なさ。
(そうだ…僕は…焼身自殺を図ったんだ。息子を残したまま…。)
涙が止まらなかった。後悔の念が、僕の心を締め付けた。あの時、もう少し我慢していれば…。
成香は、僕を優しく抱きしめた。「辛かったわね。よく頑張ったわね。」
僕は、成香の腕の中で、子供のように泣きじゃくった。
長い時間をかけて、僕は少しずつ、死んだこと、そして、死因を受け入れられるようになっていった。
自分の犯した罪は決して消えない。しかし、過去に囚われ続けるのではなく、これからできることを探していこう。
数年後、僕は療養所で、他の人々の心のケアをするボランティアをするようになっていた。自分の経験を活かし、同じように苦しんでいる人々の支えになりたいと思ったからだ。
ある日、僕は、自分の担当している青年に、奇妙な話を聞いた。「…最近、変な夢を見るんです。」
「夢の中で、誰かが必死に叫んでるんです。『死ぬな!』って。」
僕は、その話を聞いて、胸がざわついた。なぜか、それが自分の息子なのではないかと思ったのだ。
いてもたってもいられず、僕は、療養所の管理者にお願いし、特別な許可を得て、現世の様子を見せてもらうことにした。
大人になった息子が、屋上から身を投げようとしているのだ。
僕は、精一杯の声を張り上げた。しかし、声は届かない。彼は、ただ虚ろな目で、空を見上げている。
(お願いだ…止まってくれ…! 僕は、君に生きてほしいんだ!)
その時、息子の目に、一瞬、光が宿ったような気がした。
息子は、きっと何かを感じたのだろう。僕の声は届かなくても、確かに、彼の心に響いたのだ。
僕は、再び療養所に戻った。そして、今まで以上に、人々の心のケアに力を注いだ。
自分が犯した過ちは消せない。それでも、誰かの命を救うことができたなら、少しは罪滅ぼしになるかもしれない。
こうして、僕は死後の世界で、新しい人生を歩み始めた。過去の呪縛から解放され、受容と再生を見つけたのだ。
いつか、息子に会える日が来るかもしれない。その時、僕は、心からの謝罪と感謝を伝えたいと思う。
それまで、僕は、ここで生き続ける。誰かの光となるために…。